艇界有数の速攻派!競艇選手『菊地孝平』のスタートが凄い!

競艇 菊地孝平

静岡支部で同期の横澤剛治選手や坪井康晴選手とともに「静岡(遠州)三羽ガラス」に数えられ、超インテリボートレーサーとも言われる菊池孝平は艇界随一の頭脳を持つと競艇選手です。

競艇選手の菊地孝平(きくちこうへい)ってどんな人なの?

脅威のスタートタイミングを誇り、SG優勝経験もある超一流ボートレーサーの実力に迫ってみましょう。

生年月日や出身地

生年月日 菊地孝平

菊地孝平(きくちこうへい)は1978年8月16日生まれで北海道生まれ岩手県育ち、現在は静岡県浜松市在住で、静岡支部所属の競艇選手です。

身長は165cm、体重は53kgで、血液型はAB型、2019年1月時点では40歳です。
82期として登録、登録番号は3960、級別はA1級で、師匠に金子良昭がいます。

競艇選手になったきっかけは?

競艇選手になったきっかけは?

父親が競艇が好きで、小さなころから『競艇選手になれ』と言われていましたが、頭脳明晰の文武両道だった菊地孝平は高校時代は野球部に所属し、数学や物理が特に好きで将来的には飛行機の設計や開発の仕事がしたいと思っていました。

その後、名門岩手大学に推薦で合格していましたが、同時に競艇選手募集試験に受験をしており、合格してしまったため大学入学を辞退し、第82期訓練生として本栖研修所に入所しました。

後にボートレーサーになろうとしたきっかけは?と聞かれた時には『父の勧めがあったからです』と語っています。

ボートレーサーとしての目標

ボートレーサーとしての目標

自分に満足することですと語っています。

具体的な目標というわけではないので、恐らくまだ達成はしていないのだろうと思います。

趣味や特技など

バイクツーリングやゴルフ、登山(トレッキング)を趣味としています。

静岡(遠州)三羽ガラスの一角

静岡支部で同じ82期生の坪井康晴、横澤剛治、菊地孝平の3人組は静岡(遠州)三羽ガラスと呼ばれています。

名付けられた経緯は定かではありませんが、三羽烏と言えばある特定の分野における優れた3名の人を指す言葉なので、静岡支部のスリートップという認識がファンからあるということなのでしょうね。

実際に3人が同時に出走するレースは地元で大いに盛り上がるのだとか。

みちのく・やまびこ・特攻隊

みちのく・やまびこ・特攻隊

ゲームセンターに設置してあるメダルゲームの『スターボートプログレス』では「みちのく・やまびこ・特攻隊」のキャッチコピーで実況されていました。

名付けられた経緯は不明ですが、同じく三羽烏の坪井康晴は『遠州のバク天ウルトラ戦士』がキャッチコピーになっていました。

菊地孝平のレーススタイルと特徴

レーススタイル

艇界有数の速攻派と言わしめる菊地孝平のレーススタイル、その特徴と言えばとにかく早いスタートタイミングです。

平均スタートタイミングは0.10~0.15でSGクラスの選手の中でも間違いなくトップの数値を誇ります。

その上、安定してトップタイミングでスタートを切るほか、これだけ攻めているのにスタート事故の少なさにも定評があります。

トップスタートを切れるということは、進入コースにとらわれず、良い着順となれる可能性が高いということで、出走レースでは相当な確率で舟券に絡んできます。

これは競艇ファンの中でも強く印象的で浸透しており、抜群のスタートからの展開を読む力と修正力、それに合わせられる正確な旋回力が魅力的な競艇選手です。

「菊地のIQは160ある」

の言葉は、本栖養成所時代の教官が語った一言で、1コース以外からの優勝をかっさらっていく動きはとにかく高い状況判断能力の賜物と言えるでしょう。

また、モーター整備も得意としており、競艇選手となる前には飛行機の開発や設計をしたいと思っていたということもあり、抜群の調整力を誇ります。

抜け目なく隙が無い、虎視眈々と1着を狙ってくる、決して油断の出来ないトップレーサーです。

菊地孝平の競艇選手としての成績

菊地孝平 成績

本栖研修所時代の成績は探してみましたが見つかりませんでした。

ただ、卒業記念競走の優勝者は作間章選手、リーグ勝率1位が中澤和志選手、リーグ勝率2位が横澤剛治選手だったので、本栖研修所ではトップ成績というわけではなかったようです。

とはいえ、赤岩善生、坪井康晴、横澤剛治、中澤和志、作間章、原田秀弥らと「82期七人衆」と呼ばれ、同期生たちを牽引する存在だったそうです。

それでは、プロデビュー後の成績を見ていきましょう。

プロデビューは1998年5月

浜名湖競艇場でデビュー

1998年5月8日に浜名湖競艇場でデビューを飾り、デビュー戦では4号艇から5着、同節2日目の5Rにて6号艇から出走、決まり手はまくりで初勝利を納めました。

初優出は同年11月

1998年11月11日から平和島競艇場で開催された第43回日刊スポーツ旗艦捕獲レースにて初優出を果たします。

優勝戦では5号艇出走、3着の結果に終わりました。

初優勝は意外に遅い2001年

今でこそ完璧超人のような菊地孝平ですが、デビュー期は勝率5.18と高く、安定した成績を残しつつも、優勝にはなかなか手が届きませんでした。

念願の初優勝は、2001年5月6日からびわこ競艇場で開催された一般競争にて3号艇出走、決まり手はまくりでした。

G1初出場で初勝利を飾る2002年

G1初出場となったのは、2002年1月15日から津競艇場で開催された第16回新鋭王座決定戦競走で、結果は5着。

同節4日目の4Rでは、決まり手恵まれながら、G1初勝利を手にします。

更に、2002年1月24日から唐津競艇場で開催されたG1開発中国周年記念全日本王者決定戦競走にて初優出、2号艇出走で4着の結果でした。

その後、2002年4月30日から浜名湖競艇場で開催されたスピードカップにて2度目の優勝を飾ります。

更に7月にも津競艇場で開催された一般戦で3回目の優勝を手にします。

この優勝を機にA1級へ定着し、その実力をいかんなく発揮するようになります。

頭角を現す2003年

頭角を現す2003年

2003年6月4日からびわこ競艇場で開催されたG3 2003新鋭リーグ第38回新鋭戦にて3号艇出走、決まり手抜きで自身4度目の優勝を飾ると、2003年は全部で5回の優勝を記録します。

また、2003年10月29日から戸田競艇場で開催された第50回全日本選手権競走にてSG初出場にして初勝利を手にし、全国にその名を轟かすようになります。

G1初優勝を手にした2004年

2004年7月8日から常滑競艇場で開催された中日スポーツ金争奪G1マーメイドグランプリでは抜群の強さで優出すると、優勝戦では5号艇出走の華麗なる差しでG1初優勝を果たします。

2005年にSG初優出で初優勝

2005年にSG初優出で初優勝

トップレーサーの一員として名を馳せた菊地孝平はSGの大舞台で凄まじいスタートを魅せつけます。

2005年8月30日から若松競艇場で開催されたSG第51回モーターボート記念では2号艇、3コースで出走、SG初優出という緊張を押しのけての驚異のスタートタイミングはコンマ09でトップスタート。

一気に内の2艇を飲み込み、そのまま決まり手まくりで圧巻のSG初優出ながら初優勝を手にし、周囲の度肝を抜きました。

2008年に二つのG1優勝を記録

初のSG優勝を果たした翌年2006年は、1度の一般戦優勝のみ、2007年は5度の一般戦優勝と、タイトルを奪取するには至りませんでしたが、2008年にそのうっ憤を晴らすかのような大爆発を魅せてくれます。

2008年6月、7月と一般戦を優勝し、7月31日から芦屋競艇場で開催されたG1全日本王座決定戦開設56周年記念競走にて自身3度目のG1優勝を手にすると、更に11月4日に浜名湖競艇場で開催された静岡県知事争奪戦G1にて4度目のG1優勝を果たしました。

2008年は全部で5つの優勝を手にし、艇界においてその存在感を更に大きくしました。

2009年に2度目のSG優勝を果たす

2009年に2度目のSG

2009年は2008年を更に大きく上回る大記録を手にします。

1月、2月でそうそうに3度の優勝を手にスルト、迎えた7月21日から若松競艇場で開催されたSG第14回オーシャンカップにて、自身2度目のSG優勝を手にします。

1号艇1コース、他を寄せ付けない見事な逃げで優勝となりました。

これだけでは終わりません。

8月に一般戦を優勝すると、9月10日から多摩川競艇場で開催されたG1ウェイキーカップにて6号艇から決まり手差しで優勝し、11月12日から三国競艇場で開催されたG1北陸艇王決戦では2号艇からの差しで優勝。

SGが1回、G1が2回、一般戦が4回と凄まじい記録を打ち立てます。

SG2回優勝の2014年

毎年タイトルは取らずとも優勝を積み重ね

まさに大暴れの2009年を終え、2010年は3度の優勝(内一つはG1)2011年は3度の優勝、2012年は2度の優勝、2013年も2度の優勝と、毎年タイトルは取らずとも優勝を積み重ね、2014年に再び菊地孝平の名を艇界に轟かせることになります。

2014年5月27日から福岡競艇場で開催されたSG第41回ボートレースオールスター(笹川賞)にて2号艇出走、決まり手差しで3度目のSG優勝を手にすると、更に6月24日から浜名湖競艇場で開催されたSG第24回グランドチャンピオンでは4号艇出走で決まり手まくりでSG2連勝という快挙を成し遂げます。

この年はSG2度の優出、2度優勝という脅威の成績を残しました。

大興奮の2016年

第62回ボートレースメモリアル

2015年は一般戦優勝1度のみに終わりましたが、2016年は6月にG1大渦大賞開発64周年記念競走で優勝、7月に日本モーターボート選手会会長賞で優勝、更に開発前期周年記念競走G1トコタンキング決定戦で優勝し、迎えた8月23日から桐生競艇場で開催された第62回ボートレースメモリアルにて、自身5度目のSG優勝を果たしました。

急ブレーキがかかる2018年

2017年は2月にG1浜名湖賞開設64周年記念で優勝を含めて都合4度の優勝を手にしましたが、2001年から毎年欠かさずしていた優勝を2018年にて始めて逃す結果になってしまいました。

G1を含めて、12回の優出を果たしましたが、いずれも結果が振るわずじまいでした。

まとめ

インテリジェンス・レーサー 菊地孝平

菊地孝平の今までの優勝歴を見ると、SG等の大きなタイトルを取った後の数年はチャージ期間というか少し鳴りを潜める瞬間というのがあります。

それらを考えると2018年の不振を乗り越えた超速のインテリジェンス・レーサーは、2019年は再びSG戦線で大暴れをしてくれるんじゃないか?と期待を寄せてしまいますよね。

今後の大爆発に是非注目してみてください。