家族がみんなレーサー!?競艇選手の別府正幸!勝負師一家の謎に迫る!

投稿日:2019年3月25日
最終更新日:
競艇 別府正幸

競艇選手の別府正幸選手は、力強いレースをする事が有名で、6号艇からの逃げを得意としている選手です。

競艇選手の別府正幸(べっぷ まさゆき)とは、どんな人なの?

競艇 別府正幸

別府正幸選手はエンジンの特性を掴む事が早く、直線からの旋回が、非常に上手い選手だと思います。また、兄である別府敬剛(べっぷ けいごう)はオートレース界でも有名であり、兄弟で勝負する世界で活躍しています。

ボートレーサーに、なったきっかけは、父のすすめがあったからだそうです。

生年月日について

1978年11月24日に福岡県で生まれ、福岡支部の競艇選手として登録しています。
身長171cm、体重59kg、血液型A型です。
登録期は85期で、級別はB1級に所属しています。

個人成績について

集計期間:2018/05/01-2018/10/31
勝率 4.26
2連対率 21.60%
3連対率 38.14%
出走回数 97回
優出回数0回
優勝回数0回
平均スタートタイミング0.18
フライング回数0回
出遅れ回数(選手責任)0回
能力指数46
1着9.3%(9回)
2着12.4%(12回)
3着16.5%(16回)
4着17.5%(17回)
5着20.6%(20回)
6着23.7%(23回)

現在は、B1級の選手として活躍していますが、常にA1級に上がるため、日々トレーニングと、ペラの調整技術の向上に努力しています。

別府正幸選手の優勝レースについて

2003年1月2日に若松で開催された【九州スポーツ杯争奪第36回北九州選手権競走】について1号艇からのスタートをしました。

その当日は、東からの追い風4mと強めの風が吹く条件のなか、スタートは2.1で飛び出し、インコースからの非常に上手いコンパクトなターンを決め旋回し、後続の動きをよく見て、逃げの戦略から見事優勝をしました。

同レースは、6号艇に冨田章や、2号艇に井上恵一などのA2級選手も参戦しながらも、見事優勝を手にする事が出来ました。

2003年7月15日に、大村競艇場で開催された【東彼杵町長杯争奪組合35周年記念競走】では4号艇にてレースに挑み、正常スタートからのインを突く旋回で、大きく膨らんだ1号艇を抜き堂々の逆転優勝をしています。

水神祭(すいじんさい)について

水神祭

水神祭とは、選手になって初めての1着、初優勝、初優出(初めて優勝戦に進出すること)、SGやGIの様な大きなレースでの初1着や初優勝、1000勝等の節目の勝利、引退式等、その選手の節目節目のお祝いとして行われる行事であり、基本的にはお祝いを受ける選手が同県同支部の選手や同期の選手の手によって水面に投げ込まれる、ゲン担ぎの儀式みたいなものです。別府選手も沢山の水神祭で祝福されています。

1999年の11月20日に芦屋競艇場にて【スポーツニッポン新聞社金杯争奪 響灘特選レース】2R初出走を果たします。

2000年の2月12日に、児島競艇場にて【第15回倉敷市長杯争奪戦競走】1Rを初勝利を獲得。

2002年の1月31日に、丸亀競艇場にて【善通寺ほか10町競艇事業組合33周年記念競走】
の12Rにて初優出を果たします。

2003年の1月2日に若松競艇場にて【九州スポーツ杯争奪第36回北九州選手権競走】12Rで初優勝をします。

2005年の4月6日に芦屋競艇場にて【G1全日本王座決定戦 開設53周年記念競走】1Rで
G1初出走をします。

2008年の2月11日に若松競艇場にて【G1第54回九州地区選手権競走】3Rに念願のG1初勝利を獲得します。

2013年の2月28日に尼崎競艇場にて【マンスリーBOAT RACE杯】10Rで通算500勝達成します。

フライング事故の経歴について

フライング事故

競艇選手で一番難しく、大きな壁となるフライングです。
フライングが起こった場合、対象のボートの絡んだ舟券は全額返還(買い戻し)となり、購入金額は全額戻されます。

そして、この分の金額を引いた売上金からオッズが再計算されるため、そのレースを的中させたお客の払い戻し金が減ってしまうことになります。これは運営側にも多大な迷惑がかかります。その為に、競艇選手にも、大きなペナルティが課せられています。

フライングをしてしまった選手にはその後の斡旋停止、同一節内で2回目を起こすと即日帰郷させられるなどといったペナルティがあります。
ペナルティの仕組みとしては、級別決定期間内のフライングの回数に応じて斡旋停止期間が加算されていき、最後には引退勧告がなされるほど重いものとなっています。

また、0.05秒以上のフライング事故については「非常識なフライング」とされ、事故の回数に関係なく即日帰郷となります。
(※賞金王決定戦・賞金女王決定戦では適用されません。)

ここで、別府選手のフライング経歴も確認しておきます。

2000年5月5日にて芦屋競艇場の1R予選4号艇のスタートの際に、+0.1でフライング。
同年の7月14日に、江戸川競艇場の6R一般特賞にて3号艇からスタートする際にフライング。
2001年の6月4日に、江戸川競艇場で5R一般にて2号艇からの+.04でフライング。
2002年の3月12日に、津競艇場にて7Rの2号艇から+.03でフライング。
2003年の9月22日に、蒲郡競艇場にて9R準優勝戦の5号艇から発進+.01のフライング。
2004年の3月1日に、若松競艇場にて3Rの6号艇からスタート。+.04のフライング。
2005年の1月11日に、徳山競艇場にて5Rの1号艇からスタート。+.05のフライング。
2006年の9月24日に、戸田競艇場にて9R3号艇の3コースからスタート。+.01のフライング。
2007年の5月5日に、福岡競艇場にて10R特賞の1号艇からスタート。+.01のフライング。
2008年の1月2日に、福岡競艇場にて7R予選の3号艇でスタート。+.01のフライング。
2009年の7月6日に、江戸川競艇場にて5Rの1号艇からスタート。+.14のフライング。
2010年の4月15日に、常滑競艇場にて6Rの1号艇からスタート。+.01のフライング。
2012年の6月14日に、大村競艇場にて8R予選の3号艇からスタート。+.06のフライング。
同年の12月8日に、浜名湖競艇場にて6R予選の1号艇からスタート。+.02のフライング。
2014年の12月30日に、若松競艇場にて5R予選進入固定の1号艇スタート。+.06の非常識なフライングをしてしまう。
2015年の7月17日に、福岡競艇場にて3R予選の2号艇からスタート。+.02のフライング。
2018年の3月15日に、大村競艇場にて10R特賞の1号艇からスタート。+.01のフライング。
2019年の3月7日に、若松競艇場にて3R予選の1号艇からスタート。+.03のフライング。

経験の豊富な別府正幸選手も、若い頃は多くのスタート事故を起こしてしまっています。
競艇の中でも、もっとも難しいとスタートですが、その日のエンジンの調子や、気持ちをすべてコントロールできる選手こそ、一流選手と言えます。

ハンセン病の制圧活動について

ハンセン病 活動 別府正幸

ボートレーサーは、ハンセン病の制圧活動を行っています。そのハンセン病の、制圧活動で別府正幸選手は活動の代表として公表しています。

ハンセン病は、らい菌(Mycobacterium Leprae)によって引きおこされる感染症です。
らい菌は1873年にノルウェーのアルマウェル・ハンセン博士によって発見されました。
ハンセン病という名称はここからとられたもので、英語ではHansen’s DiseaseまたはLeprosyと呼ばれます。

らい菌自体の感染力はきわめて弱く、95%以上の人が、らい菌に対する免疫を持っています。このため、たとえ感染したとしても自然治癒し、発症することはきわめて稀です。感染する可能性があるのは、治癒をしていない人と緊密、かつ頻繁な接触をした場合のみで、このときも免疫力の不完全な乳幼児や、衰弱した人などに感染するといわれます。

一般的な初期症状としては、皮膚にあらわれる斑紋が知られています。この斑紋は身体のどこにでもあらわれ、白または赤・赤褐色、平らなものと、隆起したものとがあります。この斑紋には知覚(痛み、触感、温度など)がなく、このことが傷口の化膿、二次感染、身体の一部の変形、欠損などの原因ともなっています。

ボートレース界では、ハンセン病の制圧及び、ハンセン病の方への人種差別の減少対策、治療に関しての新薬の開発の応援しています。

弟子について

弟子 羽野直也

別府正幸選手は、羽野 直也選手の師匠として有名です。

福岡支部に所属し、登録期114期 級別A1

羽野選手が、コメントが公開されています。

レーサーとしてはもちろんだけど、師匠からは常々「人として大きくなって欲しい」って言われています。ただ、たまに師匠の意見を聞き入れない自分がいたりもするので、そこは気をつけなきゃな、って思います。周りの先輩方も良くしてくれるので、環境に恵まれていますね。
今回のヤングダービーで優勝したら、師匠はめっちゃ喜んでくれると思います。優勝できなくても「こんなことがありました」って過程を報告したい。師匠はお肉とビールが好きなので、優勝して、大好きな“すき焼き”をご馳走したいですね。

まとめ

引用元
ボートレーサー 別府正幸

競艇界で、常に技術を磨きながら、上位の階級であるA1級を、常に考える別府正幸選手。B1級の選手として、終わる選手では決してないはずです。

兄は陸上で、弟は水上で、熱き魂を燃やしながら、戦う姿は素晴らしいと思います。
兄弟で勝負の世界で働く別府正幸選手に、今後の展開を期待したいですね。