美人ボートレーサー浜田亜理沙が切磋琢磨して競艇界を盛り上げる!ママさんレーサーの真の実力とは!

投稿日:2019年3月25日
最終更新日:
競艇 浜田 亜理沙

浜田亜理沙選手は、美しい容姿からファンから水上の女神とも呼ばれる、埼玉支部に所属する女子競艇選手の一人です。

競艇 浜田亜理沙(はまだ ありさ)とはどんな人?

浜田亜理沙選手は「やまと競艇学校」104期の同期競艇選手の中田竜太選手を夫とし、第一子の男の子を育てながら、ママさんボートレーサーをしています。

2015年に長男を出産後、2016年9月に産休から復帰し、「子供には寂しい思いをさせているので、成績で結果を残していかないと。」と熱い母親して責任感のある女性です。

生年月日や出身地

浜田亜理沙 生年月日出身地

1988年3月19日生まれの広島県出身で、現在は埼玉県在住の埼玉支部に所属しています。身長161cm、体重47kg、血液型はB型です。

登録番号4546 登録期104期  級別A1級

競艇学校のエピソード

福岡県柳川市大和町にある「やまと競艇学校」に104期生として入校、競艇選手になる夢を叶える為に日々努力をしました。

ほんの一握りの人しか選手になれないというボートレーサーの世界。その中でも、最も規律の厳しい養成所(やまと学校)では「真夜中に何回も非常呼集の訓練があり、何回も起こされた」「ボートレースについて何も知らずに入学したので、覚えることがたくさんありすぎた」と本人が語っております。

競艇選手になったきっかけ

浜田 競艇選手になったきっかけ

大学生の頃を「将来の夢がとくになかった」と本人が語っています。
そんな時に、兄の友人が競艇選手になったと聞き「そんな職業もあるんだ」と興味を持ち、ボートレーサーを目指しました。
毎日厳しい練習が続き、心が何度も折れそうな時がありましたが、一度決めた事だと、自分に言い聞かせ、苦しい日々を乗り越えてきたそうです。

夫である中田竜太選手の出会い

夫 中田竜太

中田 竜太(なかだ りゅうた)1988年4月10日生まれ 福島県いわき市出身の競艇選手です。
埼玉支部所属 登録番号4547 登録期104期 級別A1級

104期生として同期入校した選手の中に中田竜太選手がいました。毎日、苦しい訓練を続けるうちに二人は仲良くなり意気投合します。その後、二人は、交際をしながら2009年にデビューします。

仲の良さと、お互い正確がマッチし、2013年の浜田亜理沙が25歳の時に結婚します。競艇選手は男女混合で練習する事も多く、同期だった二人は特に練習の時間を共有する事が多かったようです。仲良くなり、お互いに好意を抱くのも自然だと言えます。

女子レーサーと男子レーサーは、職場結婚する確率が非常に高いです。普通の会社では考えられないくらい高い確率で男子レーサーと結婚します。

レース期間中は、みんなで合宿しているようなものですし、レースがない期間も支部で男女が一緒に練習しているので、濃密な人間関係の中で暮らすからではないでしょうか。

また、育児についても浜田選手が語っています。
ボート界には多くのママさんレーサーがいます。その先輩たちから、育児のアドバイスが何より心強く説得力があり「蒲郡では長嶋(万記)さんに、今節は岩崎(芳美)さんにいろいろと教わっています」と語り、良い育児の仕方を教えてもらっているようです。

そうは言いつつも、仕事を頑張りながら、子供の面倒を見るのは非常に大変です。
しかし、母親になってから気持ちが少しづつ変わり、中田選手と夫婦二人三脚で育児、仕事に全力投球しながら日々、奮闘しているそうです。

趣味や特技について

亜理沙 趣味や特技

競艇選手の浜田亜理沙の趣味はショッピングです。浜田亜理沙さんは、息子を連れて買い物に行くことがストレスの発散になり、スキンシップもとれる唯一の時間だと語っています。

競艇選手は、家族サービスをする時間が少なく、非常に大変ですが、子供と居られる時間は少しでも喜んでもらえるように大切にしているようです。

特技に関しては水泳と公表しています。プールで遊ぶ事が好きで、広い水面があるところがお好みだそうです。

スポーツ経験に関しては、中学1年から高校3年までバレーボール部に所属しており、その頃に鍛えた忍耐力が今でも活かされていると話しています。

また好きな食べ物はフルーツで、競艇選手は寒いとこで濡れる事が多く、体調管理が重要なので、ビタミンを多く摂取するように心掛けているようです。

好きな音楽はBIG BANGさんで、好きな歌手はBIG BANGのクォン・ジヨンさんです。韓流がブームだそうです。

競艇選手として経歴

経歴

やまと競艇学校時代にリーグ戦勝率4.71(準優出3 優出2)の成績残しています。

2009年5月12日、宮島競艇場でデビュー(4着)します。

2009年9月4日、常滑競艇場での「BP名古屋開設3周年記念競走」初日1Rで初勝利を獲得しました。(41走目)。

2011年9月1日、下関競艇場での「日本財団会長杯スマイルカップレース オール女子戦」で初優出(5着)します。

2012年2月24日、児島競艇場での「女子リーグ第3戦」優勝戦12Rで5号艇5コースから捲り差しで初優勝を飾り、悲願の優勝しました。

2012年7月31日、若松競艇場での「G1第26回女子王座決定戦競走」にG1初出場しました。

期別成績について

集計期間:2018/05/01-2018/10/31

勝率
7.01
2連対率
56.90%
3連対率
75.26%
出走回数
93回
優出回数
4回
優勝回数
0回
平均スタートタイミング
0.17
フライング回数
2回
出遅れ回数(選手責任)
0回
能力指数
55
1着
33.3%(31回)
2着
23.7%(22回)
3着
18.3%(17回)
4着
8.6%(8回)
5着
8.6%(8回)
6着
3.2%(3回)

賞金について

浜田亜理沙さんの賞金を調べたところ、浜田亜理沙さんを始め、女性競艇選手の賞金について記載されているデータがありました。それによると浜田亜理沙さんの賞金は13,077,000円と女性の競艇選手として輝かしい賞金をとっています。子供の出産の為、一時は産休をとっていましたが、復帰後も活躍し賞金を獲得しています。

また、夫である中田選手は、デビュー後に初優勝を飾るなど好成績を収め、50,000,000円を超えています。夫婦揃って、競艇のセンスと熱い気持ちが高いので、1億円を超える日も、近いと思います。

師匠について

浜田亜理沙さんの師匠を調べたところ、浜田亜理沙さんの師匠は海野ゆかり(うんのゆかり)さんである事が分かりました。

海野ゆかりさんは1973年11月28日生まれ、広島県出身の競艇選手です。広島支部所属。登録番号3618。養成第71期。ランクはA1。血液型O型。同じ競艇選手の海野康志郎は従弟です。

海野ゆかり

苦悩と怪我について

浜田亜理沙 怪我

浜田亜理沙が通算3度目の優勝を飾ったのが2012年9月の桐生・女子リーグです。
これをきっかけに、さらなる飛躍を遂げるかと思われたが、続く下関で骨折を伴う事故により、長期欠場を強いられました。

12月の芦屋クイーンズクライマックスシリーズ(賞金女王シリーズ)で復帰を果たしたものの、3走目でフライングをしてしまい、今年2月の鳴門では、2本目のフライングと長期間の休みを余儀なくされ、7月からはB2級に降格となってしまいました。

ボートレーサーとして、水上での戦いに参加できない辛さがありました。しかし、夫で同じレーサーの中田竜太選手には「家にいてくれると安心すると言われるし、あっせんも月に一回なのでリラックスできています」とプラスにとらえ考え直します。

当年、8月の三国レディースチャンピオンでは、またもフライングをしてしまい、「リズムがつかめていなかった」となかなか波に乗れずにいるが、前走のびわこでは後半戦をオール3連対にまとめました。

本人のコメントで「うまくペラ調整ができた。ちゃんと合えばスタートが行けなくても結果が出せるし、まだやれると分かった」と復調へのきっかけをつかみつつあると語り、自分に自信を持って、戦うようになりました。
 
柔和な笑顔が印象的な浜田亜理沙だが、「もともとが負けず嫌いなので」と人一倍の闘志を秘めています。

デビュー当時から、浜田亜理沙の苦手とするフライングがきっかけで一時的にB2まで級別を下げてしまい、怪我からの恐怖心が、恐る恐るスタートしてしまう動きになってしまいました。

しかし、経験と持ち前の前向きな姿勢で悩みながらも成長をし続けでいます。

まとめ

ボートレーサー 浜田亜理沙

夫婦で同期の競艇選手という浜田亜理沙選手。

同じ養成所からスタートし、夢を叶えるために奮闘しているライバルという関係から、お互いの魅力に引かれ結婚。

その後も、妻と夫という立場でお互いの調子や戦略を考え、支え合いながら、競艇選手として立派に活躍しています。

また1児の母親としても成長し、ボートレーサーと母親を上手く両立しながら、戦っている浜田亜理沙を今後とも応援していきたいと思います。