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本業がパチスロ!?競艇選手『坂口周(さかぐちめぐる)』とは何者なのか

競艇 坂井田
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競艇選手 男子

1998年にデビューして、現役選手の坂口周は1300勝超を記録している実力者です。割と多趣味で最近はモンハンワールドにハマっているとも公言しており、SNSも積極的に更新するなど、オープンな性格という印象がありますね。そんな坂口周はどのような人物なのか見ていきましょう。


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この記事の監修者
後藤孝男
競艇予想サイトNAVI 運営責任者【北村 功平】
1978年 2月11日生まれ。一橋大学卒業。大学時代から競艇にハマり、そのまま好きが高じて某スポーツ新聞社に入社。競艇をはじめ、競馬や競輪関連の記事を長らく担当。生粋の競艇好きで、休みの日もビールを片手に全国の競艇場に姿を表す。競艇を愛して22年、彼以上の競艇知識を持つ人間にはほとんど出会えない。競艇予想サイトNAVIでは全体監修を担う大黒柱。

競艇選手の坂口周とは一体どんな人物なのか?生年月日や出身地、競艇選手になったきっかけは?

坂口周

坂口周(さかぐちめぐる)は1977年12月17日生まれで三重県伊勢市出身、三重支部所属の競艇選手です。
169センチ、B型、2018年現在は41歳で、第83期として登録、登録番号は3984です。

競艇選手になったきっかけは?

三重県立宇治山田商業高等学校卒業し、競艇選手になることを決めたきっかけは『高収入が魅力的だったから』との事です。
競艇選手としての目標は、トップに立つこと。だそうです。

ういちとヒカルのおもスロい人々にゲスト出演

ボートレーサー 坂口

スロットが本業!と冗談めかして言う事がある程に、スロットがどうやら大好きで、2010年からパチ・スロ サイトセブンTVで放送されているトーク番組であるういちとヒカルのおもスロい人々の280、281回でゲスト出演を果たしています。

BASHTVにもゲスト出演

ファンと楽しめるエンタメ動画!!をキャッチフレーズに、2013年から主にパチンコ、スロット関連の動画をyoutubeで無料配信を行っているBASHTVにてゲスト出演をしています。

スロットや日常生活を見せてくれるtwitter

定期的につぶやく

2015年1月20日に開設してから、2018年現在まで定期的につぶやきを披露してくれるツイッターでは大好きなパチンコやスロットについて、また普段の食事や日常生活、競艇のことについてなどなど、実に様々なことをつぶやいてくれます。ファンのみならず一見の価値ありですね。

また、こちらは内容を割愛しますが、facebookでも活動をなさっています。

坂口周 facebook

坂口周の競艇選手としての成績

デビューから現在までの戦績

現在、競艇はおろそかにしてしまっているのか?なんて思いがちですがそうではないようです(笑)
デビューから現在までの戦績について迫ってみましょう。

1998年にプロデビューを飾る

1998年11月19日から津競艇場で開催された一般戦にてプロデビューを飾ります。
初日1R、1走目は6着でしたが、二日目1Rの2走目は早くも3着、最終日の5Rでは2着と堂々のデビューを飾ることになります。

洗礼のFは2節目

1998年12月18日から常滑競艇場で開催されたレースでは、2日目5Rでプロ初めてのフライングを記録するも、デビュー直後は6着が圧倒的に多い競艇選手の中で、14走中6着は僅か4回というのは素晴らしい記録ですね。

初勝利は1999年元日

デビューから15走目となった1999年1月1日の新春レース1R目で早くもプロ初勝利を記録します。
6号艇出場で決まり手は抜きでした。
続く2勝目は最終日の1Rで、2号艇出場、こちらも決まり手は抜きでした。

初優出は1999年7月

住之江競艇場で開催されたG3第28回飛龍賞競走でG3初出場を果たします。
5日目10RでG3の初勝利を飾るとそのまま優出し、優勝戦では5着に終わりましたが、デビュー2年目にして166走で1着が19回と新人には見えないような活躍ぶりにルーキーの中では飛びぬけて注目されるようになりました。

初優勝は2000年初頭

全6レースで3連対をマーク

2000年1月7日から津競艇場で開催された一般戦で2度目の優出にして初優勝を飾ります。
この説では、全6レースで3連対をマークし、2000年は幸先良いスタートを切ることになりました。

7月からは初のA2級へと昇格し、年間成績は25節出場、201出走で50回の1着でした。

2001年は初のA1昇格など、順調な成績をおさめる

2001年初頭はB1へと降格しますが、デビューしてから1月は良い成績を収めている事もあり、2001年1月2日から三国競艇場で開催された第27回初夢賞競走では3勝をマークします。

7月までの間に2度の優出をするなど良好に走り、自身初めてのA1級へと昇格しました。

7月17日から丸亀競艇場で開催された一般競走ではA1昇格後、初めての優勝を記録します。
1号艇出場、綺麗な逃げで1着となりました。

また、続く8月11日から津競艇場で開催された第25回 納涼しぶき杯においても4号艇出場から決まり手まくり差しで優勝を決めています。

2001年は23節出場、201走で50回の1着、うち2回が優勝でした。

:G1初出場と初勝利を果たす2002年

降格することなくA1級で始まった2002年は今までとは違い、1月の第26回新春レースでは早々にS1を起こすと、4日目の8Rではフライングをするなど、例年に比べるとやや不安が残りましたが、2勝をマークしました。

続く1月15日から津競艇場で開催された第16回 新鋭王座決定戦競走にてG1に初出場をするも、初日1Rでは再びS1を起こすと、残りのレースではすべてにおいて6着というトップレーサー達から強烈な洗礼を浴びせられますが、2月19日から常滑競艇場で開催された第47回 G1東海地区選手権競走では初日2R予選にて6号艇出場、まくり差しで見事なG1初勝利を記録しました。

この年は、16節出場で137走、29回の1着で優勝無しと連続の優勝は逃しましたが、貴重なG1勝利を収めるなど、順風満帆でA級レーサーとして名を連ねるようになりました。

A1レーサーとして定着する

坂口周はA1級の競艇選手として安定した走り

あとはタイトルを取るだけだ!と言われる程、ここまで順調に成長を遂げていった坂口周はA1級の競艇選手として安定した走りを見せていきます。

12度の優出で2度の優勝を獲た2003年

第23回龍神杯争奪戦では4勝をマークし優出で3着

坂口周の1年を占うとも言える初戦となる2003年1月16日から蒲郡競艇場で開催された第23回龍神杯争奪戦では4勝をマークし優出で3着という好成績を残します。

続く2月18日から津競艇場で開催された第12回津ボート大賞では優出して準優勝、更に3月7日から津競艇場で開催された一般戦でも準優勝をおさめると3月16日から児島競艇場で開催されたG3第16回瀬戸の若鷲決定戦から8連続で優出を果たします。
そのうち、5月30日から芦屋競艇場で開催された一般競争で優勝を果たしました。

9連続優出をかけた7月10日のレースでは、S1を起こしてしまったのですが、続く7月25日から住之江競艇場で開催された一般競走(うきうき文月競走)で再び優出して3着、続く8月4日から若松競艇場で開催されたレースでも優出し、ここで2回目の優勝を獲得します。

2003年は21節出場で168出走、61回の1着で2度の優勝をおさめました。

G1初優出を決める2004年

つつじ賞王座決定戦開設52周年記念競走にて初めて優勝戦

2004年4月13日から津競艇場で開催されたG1 つつじ賞王座決定戦開設52周年記念競走にて初めて優勝戦へと駒を進めました。
初出場の時とは違い、G1でも3勝をマークするなど健闘しましたが、6号艇出場で4着に終わりました。

G1以上レースでの優勝が取れない日々

2002年に優勝を逃してから、2003年からは実は一度も優勝を逃した年が無く、成績は実に安定しているものの、やはりタイトルレースでの優勝を手にしたいところ。
2004年の後、G1に優出したのは2006年に2度ありましたが、いずれもあと一歩及ばずで優勝は手にできず。
かといって、成績が極端に落ちたりするわけでも無い等、ここ一番でチャンスをつかみきれない日々が続きます。

SG初出場と初勝利を果たした2007年

滞りなくA級レーサーとして活躍をつづけた2007年に、ついにSGに出場する機会が訪れます。
2007年8月28日から蒲郡競艇場で開催されたSG第53回モーターボート記念にて自身初のSG出場を決めると、迎えた3日目の10Rで1号艇出場で決まり手逃げ、初めてのSG勝利をマークします。
続く、5日目の2Rでも勝利を収め、SG初出場ながら2勝を挙げ、その存在感とインパクトを強めることが出来ました。

また2007年11月3日から常滑競艇場で開催された銀杯争奪戦の2日目6Rで通算500勝目を達成しました。

2010年、悲願のG1優勝を手にする

住之江競艇場で開催されたG1太閤賞競走

2010年を占う、第34回 新春レースでは4勝を挙げ、上々のスタートを切ると、2月23日から住之江競艇場で開催されたG1太閤賞競走 開設53周年記念で遂に自身初のG1優勝を手にすることになります。

初日3R、7Rで1着を取り勢いに乗ると、2日目11Rでは2着、3日目10Rは5着に終わるも、4日目の5R、12Rではいずれも2着、5日目10Rは1着で優出をした、最終日、1号艇から決まり手逃げでG1初優勝をついに獲得しました。

まとめ

重賞の優勝は2002年のG3マキシーカップと2010年のG1太閤賞競走開設53周年記念の2つだけ

重賞の優勝は2002年のG3マキシーカップと2010年のG1太閤賞競走開設53周年記念の2つだけとなっていますが、2017年には通算優勝回数50回を記録するなど、素晴らしい成績を収めている選手です。1着率3割超、3連対率6割超で安定した走りを見せてくれるので、舟券には絡めていきたいところですね。

また、ご無沙汰となっているG1の優勝や、初のSG優勝に向けて、一段と躍進してほしいです。

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